就業規則がない場合の会社のデメリット

 

就業規則がない場合、前述の罰則の対象となるだけでなく、様々なデメリットがあります。

 

(1)問題社員がいても懲戒解雇はできなくなる

就業規則がない場合、従業員の問題行動があっても、懲戒解雇をはじめとする懲戒処分を科すことができません。

これは、判例上、企業が従業員に懲戒処分を科すためには、あらかじめ就業規則に懲戒の種別(どんな懲戒処分があるか)や懲戒事由(どんな場合に懲戒処分の対象になるか)を事前に定めておくことが必要であるとされているためです(フジ興産懲戒解雇事件 最高裁判所判決平成151010日)。

懲戒解雇をはじめとする懲戒処分は、問題社員の問題行動にけじめをつけさせ、また、社内に向けても会社が問題行動を放置しないことを示して、社内の規律を維持するために重要なものです。

このような懲戒処分をできないことになることは、会社の労務管理のうえで、大きなデメリットになる可能性があります。

 

(2)服務規律を明確にできない

就業規則がない場合の問題点として、「服務規律を明確にできない」ということもあげられます。「服務規律」とは、従業員が勤務するうえで守るべき会社のルールのことをいいます。

「服務規律」の内容は企業によって様々ですが、例えば以下のような内容を定めることが多いです。

・セクハラ、パワハラをしてはならないということ

・営業秘密や個人情報について正しく取り扱うべきこと

・タイムカードを正しく打刻すべきこと、他人に打刻してもらってはならないこと

・取引先からリベートを受け取ることの禁止

・通勤時に車両を使用する場合は会社の許可を得なければならないこと

・就業するうえでの身だしなみについて

 

こういったことは一見当たり前のことのようですが、ルールとして明確にしておかなければ、違反行為があったとしても、その従業員をとがめることはできません。

社内のルールとして従業員全員の共通認識にするためには、就業規則でこれらの服務規律について明確に定める必要があるのです。

 

(3)副業に関するルールを明確にできない

会社に勤めながら副業をする人は非常に増えています。しかし、従業員が副業に長時間従事した結果、本業の勤務がおろそかになったり、競合他社で副業することにより競合に情報が漏えいするといったリスクがあります。

そのため、副業を許可制にして、副業に割く時間や副業の内容を確認したうえで、許可、不許可の判断をする仕組みを就業規則で定める必要があります。

就業規則がなければ、副業に関するルールがなく、副業は従業員の自由に委ねられている状態となります。その結果、無許可で副業されても会社として副業をやめなさいということはできなくなるおそれがあります。

 

(4)定年制を適用できない

就業規則では定年についても定めることが通常です。

定年を雇用契約書で定めることもできますが、雇用契約書では定年について言及されていないことも多く、その場合に、就業規則がなければ、定年のない雇用契約になってしまいます。

その結果、従業員が高齢になり、就業が難しくなってきても、従業員から退職の申し出がない限り、原則として雇用を継続しなければならないことになってしまいます。

 

(5)病気休職者への対応ができない

多くの会社では病気休職者への対応について就業規則で定めています。

休職をどのくらいの期間認めるのか、どのような条件で復職を認めるのかを定めたうえで、休職期間中に復職ができない場合は退職になることを定めていることが多いです。

就業規則がなければ病気休職する場合のルールが不明確になってしまい、従業員が病気になった時の対応をめぐってトラブルになる危険があります。

病気休職をめぐるトラブルについては、以下でも解説していますのであわせてご参照ください。

 

(6)助成金をもらえない

助成金の制度は頻繁に変更されますが、例えば中途採用の拡大について支給される中途採用等支援助成金「中途採用拡大コース」、契約社員やパート社員を正社員雇用に転換し賃金を増額させたときに利用できる「キャリアアップ助成金」など豊富なラインナップが用意されています。

これらの助成金の活用には事実上、就業規則の整備が必須であり、就業規則が整備されていない会社でこれらの助成金を活用することは困難になっています。

 

(7)成績不良者に対しても減給が困難

成績不良などを理由に従業員を降格させて給与を減額することは、就業規則に規程を設けていなければできません(東京地方裁判所判決平成30925日等)。

そのため、給与に見合う成果をあげられない従業員に対しても、就業規則がなければ、給与の減額などの対応ができません。

 

(8)賃金規程について

賃金規程は、就業規則を構成する一部分です。就業規則の中に賃金に関する項目を記載するか、それとも、賃金に関する項目については賃金規程を作り、就業規則と賃金規程の2本立てにするかは、企業の自由な判断です。

そのため、就業規則に賃金に関する項目が記載されていれば、別途、賃金規程を作る必要はありません。

 

一方、就業規則に賃金に関する項目が記載されていない場合は、労働基準法上、「賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」は、就業規則に必ず記載しなければならないことになっていますので、賃金規程を作らなければ、労働基準法違反になってしまいます(労働基準法第892 1)。

 

 

就業規則ができたら過半数代表の意見を聴取する

就業規則については従業員の過半数代表からの意見聴取が義務付けられています(労働基準法第90条)。

過半数代表からの意見聴取結果も踏まえて、従業員と話し合いを持ち、場合によっては就業規則案を過半数代表からの意見を踏まえて修正することも検討しましょう。

 

 

労働基準監督署に届け出て、社内で周知します

意見聴取が終わった後に、就業規則を「労働基準監督署」に届け出て、社内で周知することが必要です(労働基準法第106条)。

 

 

従業員からよくある質問

就業規則がないということは、従業員から見た場合、会社のルールが不明であるということになり、従業員から信用を失うことになりかねません。

従業員の立場からよく出てくる質問等に以下のものがあります。

 

(1)退職の手続

退職に関する事項は、就業規則に必ず定めなければならない項目です(労働基準法第893号。絶対的必要記載事項と呼ばれます)。

そのため、就業規則がない場合に、退職の手続をどうすればよいのかということについて従業員から質問を受けることがあります。

この点については、就業規則がない場合、民法上のルールに従い、正社員についてはいつでも退職の申し出が可能であり、会社が退職を承諾したとき、あるいは退職申し出から2週間後が経過したときに退職になると考えることになります(民法第6271項)。

 

(2)有給休暇の取得について

休暇についても、就業規則に必ず定めなければならない項目です(労働基準法第891号)。

ただし、法律上の有給休暇を与えることは、企業の義務であり、就業規則がない場合もこのことは同じです(労働基準法第39条)。

通常は有給休暇について、何日前に申請するべきかといった有給休暇申請手続きを就業規則で定めますが、就業規則がない場合、前日までに申請されれば、会社は有給休暇を与えなければならないことが原則となります。

 

(3)退職金について

会社は退職金を支給しないことも可能ですが、退職金について規定を設ける場合は就業規則に必ず定めなければならないとされています(労働基準法第8932号。相対的必要記載事項といいます)。

就業規則がない場合に従業員から退職金について質問をうけることがありますが、会社で退職金を支払う慣行がなければ、退職金の支払いの義務があるわけではありません。

 

(4)時差出勤について

始業及び終業の時刻も、就業規則に必ず定めなければならない項目です(労働基準法第891号)。

就業規則がない場合、時差出勤が可能かどうかについて、従業員から質問を受けることがあります。

これについて、従業員の希望を認めるかどうかは、会社の判断であり、必ず認めなければならないわけではありません。

 

(5)法定休日について

休日には法定休日と法外休日があります。

労働基準法第35条で「毎週、少なくとも一回の休日」または「四週間を通じ四日以上の休日」を与えることが義務付けられており、この休日を法定休日といいます。

週休2日制の場合は、法定休日のほかにもう1日休日があることになりますが、これは法定休日ではない休日という意味で「法外休日」と呼ばれます。

法定休日に従業員を就業させた場合は、休日割増賃金(35%以上)の対象になるのに対し、法外休日に従業員を就業させた場合は時間外割増賃金(25%以上)の対象になるという違いがあります。

そのため、週休2日制の場合、就業規則で法定休日をどちらの日にするかを定めておくことが望ましいです。就業規則がない場合は、この点が明確でないため、休日に従業員を就業させた場合に、休日割増賃金(35%以上)の対象になるのか、時間外割増賃金(25%以上)の対象になるのかが不明確になってしまうという問題があります。

 

・労働基準法で定められた休日とは?年間休日の日数は最低何日必要か?

・割増賃金とは?労働基準法第37条や時間外・休日・深夜の計算方法を解説